各国の人々との交流を通じて肌で感じたことは、人間の善性でした。そのことを、このブログを通じてお伝えしたいと願っています。

宇都宮での内部監査

立ったまま2時間燻されて……

ブラジルの後は、またもや地球の裏側。祖国日本での仕事が待っていた。宇都宮にあるシンガーミシンの工場。6週間の内部監査である。

東京での滞在を数日楽しんだ後で上野駅から宇都宮行きの汽車に乗ろうとすると、「席がない」と言う。まだ汽車の時代で2時間もかかるのに、それはしんどい。「座れるキップはないのですか?」と聞いても、「立っていきなさい」とノタマウ。当時は国鉄だったので、こんなところでお役所気質が出てしまったのか。今では考えられない対応だった。しかもプラットフォームは大混雑しているし、汽車の出入り口にもこれまた多くの人。前述の通り6週間の滞在だから、荷物を詰めたスーツケースもそれなりに大きい。乗るだけでも一苦労したものだ。これが当時の日本では当たり前だった。

車中で喫煙できた時代。みな当たり前のように紫煙をくゆらせ、社内にはもうもうと煙が立ちこめていた。2時間の立ちっぱなしもさることながら、タバコを吸ったことのない私にとってはこの煙害のほうがツラかった。

そんな拷問状態から解放されると、まだ肌寒い4月半ばの宇都宮には桜や菜の花が咲き誇っていた。汽車でのつらい思いを洗い流してくれる花々の美しさ。綺麗な花は心を和やかにしてくれることを実感したものだ。

ハンバーガーの中の「ベーコン」

内部監査では、東京の子会社の内部監査人2人に手伝いをお願いした。彼らの質の高い仕事ぶりにも感謝したが、一つひとつの原価を積み上げながら製造コストを正しく計算していた宇都宮工場経理部の仕事ぶりも素晴らしいものだと感じ入った。

6週間はほぼ仕事漬け。せっかく近くにいるのに日光東照宮や華厳の滝、鬼怒川温泉などの名所には足を向けることがなかった。後から「もったいないことをした」と思ったけれど、日光についてはハワイへの移住前に祖父母と観光をした際、いろは坂でバス酔いした苦い思い出しかなかったのだ。当時はそれらの名所にあまり魅力を感じなかったのだろう。

この時の思い出と言えば、宇都宮のデパートのレストランでハンバーガーを注文した際、ベーコンかと見紛うばかりの薄いバーガーの肉がパンに挟まれて出てきたショボイ思い出があった。まだ、日本全国にマクドナルドが普及していない時代だったなァ。

 

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